本因坊戦
Honinbo Title

毎日新聞主催、富士通協賛。1939年創設。予選通過者の8人の棋士が10月から4月までリーグ戦(毎月1局計7局の総当たり)を行い、挑戦者を決定する。リーグ戦の持ち時間は5時間。タイトルホルダーと挑戦者との挑戦手合は七番勝負で5月から7月まで行われる。二日制持ち時間各8時間。賞金額3200万円。
本因坊は江戸時代に幕府が認めた囲碁の家元四家の筆頭だった。1939年(昭和14年)に世襲制が廃止され選手権制になった。他の棋戦と違い称号の使用が認められている。
・リーグ戦は10時開始、持ち時間5時間。
・本因坊リーグは第33期(1978年)からリーグ成績により次期序列を決定することになった。序列がついたことにより、挑戦者決定方式は、同星の場合、上位2人によるプレーオフで決定するようになった。

優勝者 コメント
72 2017 井山裕太九段(28) (6月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局(福岡県京都町)が行われ、本因坊・井山裕太九段(28)が挑戦者・本木克弥八段(21)を4勝0敗で下し、優勝した。
本因坊・井山裕太九段(28)○−●挑戦者・本木克弥八段(21), W+R (204手)
(6月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局(埼玉県熊谷市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(28)○−●挑戦者・本木克弥八段(21), B+R (137手)
(5月23.24日)挑戦手合7番勝負第2局(島根県大田市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(28)○−●挑戦者・本木克弥八段(21), W+R (110手)
(5月9.10日)挑戦手合7番勝負第1局(岐阜県岐阜市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・本木克弥八段(21), B+R (140手)
71 2016 井山裕太九段(27) (6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局(福島県福島市)が行われ、4勝1敗で防衛した。
本因坊・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・高尾紳路九段(39), B+R (177手)
(6月13.14日)挑戦手合7番勝負第4局(長崎県西海市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・高尾紳路九段(39), W+R (128手)
(6月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局(秋田県能代市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・高尾紳路九段(39), B+R (207手)
(5月23.24日)挑戦手合7番勝負第2局(兵庫県尼崎市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・高尾紳路九段(39), W+R (230手)
(5月9.10日)挑戦手合7番勝負第1局(広島県尾道市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(26)●−○挑戦者・高尾紳路九段(39), W+R (244手)
70 2015 井山裕太九段(26) (6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局(大阪府)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (200手)
(6月16.17日)挑戦手合7番勝負第4局(長崎)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(26)●−○挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (128手)
(6月3.4日)挑戦手合7番勝負第3局(北海道)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (142手)
(5月25.26日)挑戦手合7番勝負第2局(静岡県静岡市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), B+R (177手)
(5月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局(静岡県静岡市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (164手)
69 2014 井山裕太九段(25) (6月30.1日)挑戦手合7番勝負第5局(大阪府吹田市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・伊田篤史八段(20), B+R (247手)

(6月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(長崎県西海市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(25)●−○挑戦者・伊田篤史八段(20), B+R (139手)
(6月4.5日)挑戦手合7番勝負第3局(北海道網走市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・伊田篤史八段(20), B+R (201手)
(5月25.26日)挑戦手合7番勝負第2局(秋田県能代市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・伊田篤史八段(20), W+R (182手)
(5月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(三重県鈴鹿市)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・伊田篤史八段(20), B+R (197手)
68 2013 井山裕太九段(24) (7月17.18日)挑戦手合7番勝負第7局(神奈川県)が行われ、本因坊・井山裕太九段(24)が4勝3敗でタイトルを防衛した。
本因坊・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・高尾紳路九段(36):262手黒番4目半勝ち

(7月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(三重県)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)●−○挑戦者・高尾紳路九段(36):194手白番中押勝ち
(6月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局(大阪府)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・高尾紳路九段(36):242手白番中押勝ち
(6月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局(宮城県)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・高尾紳路九段(36):167手黒番中押勝ち
(6月5.6日)挑戦手合7番勝負第3局(北海道)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)●−○挑戦者・高尾紳路九段(36):167手黒番中押勝ち
(5月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局(福岡県)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(24)●−○挑戦者・高尾紳路九段(36):244手白番中押勝ち
(5月16.17日)挑戦手合7番勝負第1局(島根県)が行われた。
本因坊・井山裕太九段(23)○−●挑戦者・高尾紳路九段(36):266手白番4目半勝ち
67 2012 井山裕太九段(23) (7月18.19日)挑戦手合7番勝負第7局(伊豆市)が行われ、挑戦者・井山裕太九段(23)が4勝3敗で、タイトルを獲得した。
本因坊・山下敬吾九段(33)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):255手白番7目半勝ち

(7月9.10日)挑戦手合7番勝負第6局(三重)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)○−●挑戦者・井山裕太九段(23):221手黒番中押勝ち
(6月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局(平塚)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):189手黒番中押勝ち
(6月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(札幌)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)○−●挑戦者・井山裕太九段(23):279手黒番中押勝ち
(6月5.6日)挑戦手合7番勝負第3局(福島)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)○−●挑戦者・井山裕太九段(23):270手白番中押勝ち
(5月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局(埼玉)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)●−○挑戦者・井山裕太九段(22):268手白番5目半勝ち
(5月15.16日)挑戦手合7番勝負第1局(京都)が行われた。
本因坊・山下敬吾九段(33)●−○挑戦者・井山裕太九段(22):137手黒番中押勝ち
(2012年3月30日)最終局(7回戦)の一斉対局が、東京、名古屋の日本棋院と大阪の関西棋院で行われ、井山裕太天元(22)が挑戦権を獲得した。井山は本因坊初挑戦。一方、陥落が決まったのは前期挑戦の羽根直樹、瀬戸大樹七段、黄翊祖八段、河野臨九段。
66 2011 山下敬吾九段(32) (7月20.21日)挑戦手合7番勝負第6局(千葉)が行われ、本因坊・山下敬吾九段(32)が4勝3敗で防衛した。
本因坊・山下敬吾天元(32)○−●挑戦者・羽根直樹九段(34):284手白番4目半勝ち
(7月13.14日)挑戦手合7番勝負第6局(千葉)が行われた。
挑戦者・羽根直樹九段(34)○−●本因坊・山下敬吾天元(32):279手白番7目半勝ち
(6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局(三重)が行われた。
挑戦者・羽根直樹九段(34)○−●本因坊・山下敬吾天元(32):191手黒番中押勝ち
(6月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局(石川)が行われた。
挑戦者・羽根直樹九段(34)○−●本因坊・山下敬吾天元(32):244手白番半目勝ち
(6月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局(北海道)が行われた。
本因坊・山下敬吾天元(32)○−●挑戦者・羽根直樹九段(34):235手白番1目半勝ち
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(鹿児島)が行われた。
本因坊・山下敬吾天元(32)○−●挑戦者・羽根直樹九段(34):165手黒番中押勝ち
(5月11.12日)挑戦手合7番勝負第1局(島根)が行われた。
本因坊・山下敬吾天元(32)○−●挑戦者・羽根直樹九段(34):280手白番7目半勝ち
65 2010 山下敬吾九段(31) (6月28.29日)挑戦手合7番勝負第5局(秩父市)が行われ、挑戦者・山下敬吾九段(31)が本因坊・羽根直樹九段(33)を4勝1敗で下し、初の本因坊になった。
挑戦者・山下敬吾天元(31)○−●本因坊・羽根直樹九段(33):206手白番7目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(6月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局(鳥羽市)が行われた。
挑戦者・山下敬吾天元(31)○−●本因坊・羽根直樹九段(33):199手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局(奈良市)が行われた。
挑戦者・山下敬吾天元(31)○−●本因坊・羽根直樹九段(33):158手白番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局(久留米市)が行われた。
挑戦者・山下敬吾天元(31)○−●本因坊・羽根直樹九段(33):236手黒番1目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月11.12日)挑戦手合7番勝負第1局(小樽市)が行われた。
本因坊・羽根直樹九段(33)○−●挑戦者・山下敬吾天元(31):黒番3目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月5日)プレーオフが行われ、山下敬吾天元(31)が井山裕太名人(20)を252手まで白番中押勝ちで下し、羽根直樹本因坊への挑戦権を獲得した。今期のリーグは山下と井山が6勝1敗で並んだ。山下はリーグで井山を降し、プレーオフでも新鋭の本因坊初挑戦を許さなかった。
64 2009 羽根直樹九段(32) (7月15.16日)挑戦手合7番勝負第6局が行われ、本因坊・羽根直樹九段(32)が4勝2敗で初防衛した。
羽根直樹九段(32)○−●高尾紳路九段(32):276手黒番5目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
高尾紳路九段(32)○−●羽根直樹九段(32):167手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
羽根直樹九段(32)○−●高尾紳路九段(32):274手黒番6目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月10.11日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
羽根直樹九段(32)○−●高尾紳路九段(32):182手白番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
高尾紳路九段(32)○−●羽根直樹九段(32):212手白番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
本因坊・羽根直樹九段(32)○−●挑戦者・高尾紳路九段(32):359手白番2目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(3月26日)高尾紳路九段が羽根直樹本因坊への挑戦権を獲得した。高尾が勝って6勝0敗となり、他のリーグメンバー7人はすでに2敗以上しているため、最終局を待たずに挑戦が決まった。
63 2008 羽根直樹九段(31) (7月22.23日)挑戦手合7番勝負第7局が行われ、挑戦者の羽根直樹九段(31)が4勝3敗で、本因坊位を獲得した。
羽根直樹九段(31)○−●高尾紳路九段(31):135手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(7月16.17日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
羽根直樹九段(31)○−●高尾紳路九段(31):211手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(7月1.2日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
羽根直樹九段(31)○−●高尾紳路九段(31):180手白番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月23.24日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
羽根直樹九段(31)○−●高尾紳路九段(31):219手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月11.12日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
高尾紳路九段(31)○−●羽根直樹九段(31):245手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
高尾紳路九段(31)○−●羽根直樹九段(31):146手白番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
高尾紳路九段(31)○−●羽根直樹九段(31):270手黒番3目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(3月6日)羽根直樹九段が高尾紳路本因坊への挑戦権を獲得した。2月に羽根が4勝1敗の首位に立ち、張栩名人と山下敬吾棋聖が3勝2敗で追っていたが、羽根が張に勝って5勝1敗とし、山下が敗れて2敗が消えたため、最終戦を待たずに挑戦者が決まった。羽根の本因坊挑戦は初。
62 2007 高尾紳路九段(30) (6月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(新潟県新潟市)が行われ、本因坊・高尾紳路九段(30)が4勝1敗で防衛した。
本因坊・高尾紳路九段(30)○−●挑戦者・依田紀基九段(41):203手黒番2目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(6月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(福島県福島市)が行われた。
本因坊・高尾紳路九段(30)○−●挑戦者・依田紀基九段(41):255手白番5目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月6.7日)挑戦手合7番勝負第3局(岐阜県可児市)が行われた。
本因坊・高尾紳路九段(30)○−●挑戦者・依田紀基九段(41):187手黒番中押勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月22.23日)挑戦手合7番勝負第2局(韓国・済州島)が行われた。
挑戦者・依田紀基九段(41)○−●本因坊・高尾紳路九段(30):343手黒番1目半勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月8.9日)挑戦手合7番勝負第1局(和歌山県白浜町)が行われた。
本因坊・高尾紳路九段(30)○−●挑戦者・依田紀基九段(41):275手黒番半目勝ち → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月8日)挑戦者リーグ戦プレーオフ(5勝2敗同士)は依田紀基九段(41)が蘇耀国八段(27)を127手で黒番中押し勝ちで下し、挑戦権を獲得した。
61 2006 高尾紳路九段(29) (7月11.12日)挑戦手合7番勝負第6局(神奈川県箱根町)は本因坊・高尾紳路九段(29)が挑戦者・山田規三生九段(33)を179手まで黒番中押勝ちで下し、4勝2敗で初防衛した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月26.27日)挑戦手合7番勝負第5局(山形県米沢市)は挑戦者・山田規三生九段(33)が本因坊・高尾紳路九段(29)を237手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(java版) from 毎日新聞
(6月12.13日)挑戦手合7番勝負第4局(佐賀県唐津市)は本因坊・高尾紳路九段(29)が挑戦者・山田規三生九段(33)を201手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月7.8日)挑戦手合7番勝負第3局(広島県尾道市)は本因坊・高尾紳路九段(29)が挑戦者・山田規三生九段(33)を166手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月29.30日)挑戦手合7番勝負第2局(三重県鳥羽市)は挑戦者・山田規三生九段(33)が本因坊・高尾紳路九段(29)を206手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(java版) from 毎日新聞
(5月8.9日)挑戦手合7番勝負第1局(北海道札幌市)は本因坊・高尾紳路九段(29)が挑戦者・山田規三生九段(33)を158手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月3日)挑戦者リーグ戦プレーオフ決勝戦は山田規三生九段が依田紀基九段を黒番半目勝ちで下し、挑戦権を獲得した。
(4月3日)挑戦者リーグ戦プレーオフ(5勝2敗同士)は山田規三生九段が羽根直樹九段を125手で先番中押し勝ちで下し、プレーオフ決勝戦に進んだ。
60 2005 高尾紳路八段(28) (6月27.28日)挑戦手合7番勝負第5局(埼玉県秩父市)は挑戦者・高尾紳路八段(28)が本因坊・張栩九段(25)を305手まで白番半目勝ちで下し、4勝1敗でタイトルを獲得した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(6月20.21日)挑戦手合7番勝負第4局(北海道)は本因坊・張栩九段(25)が挑戦者・高尾紳路八段(28)を218手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局(愛知県犬山市)は挑戦者・高尾紳路八段(28)が本因坊・張栩九段(25)を262手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局(鳥取県湯梨浜町)は挑戦者・高尾紳路八段(28)が本因坊・張栩九段(25)を315手まで黒番4目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月9.10日)挑戦手合7番勝負第1局(福岡市太宰府)は挑戦者・高尾紳路八段(28)が本因坊・張栩九段(25)を232手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月4日)挑戦者リーグ戦プレーオフ(6勝1敗同士)で高尾紳路八段(28)が趙善津九段(34)を111手まで黒番中押し勝ちで下し、本因坊戦の挑戦権を獲得した。
59 2004 張栩九段(24) (7月8.9日)挑戦手合7番勝負第6局(三沢市)は本因坊・張栩九段(24)が挑戦者・依田紀基九段(38)を246手まで黒番半目勝ちで下し、4勝2敗で初防衛した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局(平塚市)は挑戦者・依田紀基九段(38)が本因坊・張栩九段(24)を203手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局(和歌山県)は本因坊・張栩九段(24)が挑戦者・依田紀基九段(38)を287手まで黒番7目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月31.1日)挑戦手合7番勝負第3局(鳥羽市)は挑戦者・依田紀基九段(38)が本因坊・張栩九段(24)を247手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(福岡市)は本因坊・張栩九段(24)が挑戦者・依田紀基九段(38)を159手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月7.8日)挑戦手合7番勝負第1局(札幌市)は本因坊・張栩九段(24)が挑戦者・依田紀基九段(38)を268手まで白番半目勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月5日)挑戦者リーグ戦プレーオフ(5勝2敗同士)で依田紀基九段(38)が三村智保九段(34)を266手まで黒番2目半勝ちで下し、挑戦権を獲得した。
(2003年10月)依田紀基九段(13期ぶり3回目)、王立誠九段(4期ぶり8回目)、趙善津九段(8期連続8回目)、三村智保九段(初)の4人がリーグ入りを決めた。前期残留の加藤正夫九段(7番勝負敗者)、王銘宛九段、山下敬吾九段、小林光一九段の4人とともに8人で張栩本因坊への挑戦権を賭けてリーグ戦が行われる。
58 2003 張栩八段(23) (7月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(日田市)は挑戦者・張栩八段(23)が本因坊・加藤正夫九段(56)を335手まで黒番9目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(岐阜県)は挑戦者・張栩八段(23)が本因坊・加藤正夫九段(56)を260手まで白番5目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月16.17日)挑戦手合7番勝負第4局(大津市)は挑戦者・張栩八段(23)が本因坊・加藤正夫九段(56)を223手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局(千歳市)は本因坊・加藤正夫九段(56)が挑戦者・張栩八段(23)を203手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局(北九州市)は挑戦者・張栩八段(23)が本因坊・加藤正夫九段(56)を205手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(韓国・済州島)は本因坊・加藤正夫九段(56)が挑戦者・張栩八段(23)を183手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月7日)挑戦者リーグ戦プレーオフ(6勝1敗同士)で張栩八段(23)が王銘宛九段(41)を黒番5目半勝ちで下し、挑戦権を獲得した。
57 2002 加藤正夫九段(55) (7月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(千葉県銚子市)は挑戦者・加藤正夫九段(55歳3ヶ月)が本因坊・王銘宛九段(40)を244手まで白番1目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。23期ぶりに本因坊となった。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(6月26.27日)挑戦手合7番勝負第5局(北海道苫小牧市)は挑戦者・加藤正夫九段(55)が本因坊・王銘宛九段(40)を167手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月12.13日)挑戦手合7番勝負第4局(三重県湯の山温泉)は挑戦者・加藤正夫九段(55)が本因坊・王銘宛九段(40)を237手まで白番1目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月6.7日)挑戦手合7番勝負第3局(宮崎県宮崎市)は挑戦者・加藤正夫九段(55)が本因坊・王銘宛九段(40)を195手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(広島県呉市)は本因坊・王銘宛九段(40)が挑戦者・加藤正夫九段(55)を269手まで黒番13目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局(静岡県土肥町)は本因坊・王銘宛九段(40)が挑戦者・加藤正夫九段(55)を248手まで白番1目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(4月4日)挑戦者リーグ戦最終局は加藤正夫九段(55)が羽根直樹八段を黒番2目半勝ちで下し、6勝1敗となって挑戦権を獲得した。
56 2001 王銘宛九段(40) (7月18.19日)挑戦手合7番勝負第7局(新潟県湯沢町)は本因坊・王銘宛九段が挑戦者・張栩七段(21)を172手まで白番中押勝ちで下し、4勝3敗で初防衛した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(7月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(岩手県花巻市)は本因坊・王銘宛九段が挑戦者・張栩七段(21)を237手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月27.28日)挑戦手合7番勝負第5局(札幌市)は挑戦者・張栩七段(21)が本因坊・王銘宛九段を231手まで黒番1目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(三重県)は本因坊・王銘宛九段が挑戦者・張栩七段(21)を169手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月6.7日)挑戦手合7番勝負第3局(熊本県)は挑戦者・張栩七段(21)が本因坊・王銘宛九段を212手まで黒番2目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月23.24日)挑戦手合7番勝負第2局(宇治市)は本因坊・王銘宛九段が挑戦者・張栩七段(21)を250手まで黒番半目勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(熱海市)は挑戦者・張栩七段(21)が本因坊・王銘宛九段を145手まで黒番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞

(4月5日)挑戦者リーグ戦最終局は張栩六段(21)が羽根直樹八段に黒番中押負けで敗れ、5勝2敗となったが、趙善津九段も趙治勲九段に白番中押負けで敗れ、4勝3敗となり、2敗者が他にいなくなったため、挑戦者に決定した。21歳2ヵ月の挑戦は最年少記録。
(8月24日)挑戦者リーグ戦三次予選決勝(第4局)は羽根直樹八段が加藤正夫九段を黒番2目半勝ちで下し、リーグ入りを確定した。
(8月16日)挑戦者リーグ戦三次予選決勝(第3局)は結城聡九段が小林光一九段を黒番4目半勝ちで下し、リーグ入りを確定した。
(7月27日)挑戦者リーグ戦三次予選決勝(第2局)は張栩六段が大淵盛人九段を白番5目半勝ちで下し、リーグ入りを確定した。
(7月13日)挑戦者リーグ戦三次予選決勝(第1局)は大矢浩一八段が片岡聡九段を黒番2目半勝ちで下し、リーグ入りを確定した。
55 2000 王銘宛九段(39) (7月17.18日)挑戦手合7番勝負第6局(青森県)は挑戦者・王銘宛九段が本因坊・趙善津九段を262手まで黒番10目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(7月4.5日)挑戦手合7番勝負第5局(米沢市)は挑戦者・王銘宛九段が本因坊・趙善津九段を224手まで白番1目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月28.29日)挑戦手合7番勝負第4局(大分市)は本因坊・趙善津九段が挑戦者・王銘宛九段を166手まで白番中押勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月21.22日)挑戦手合7番勝負第3局(千歳市)は挑戦者・王銘宛九段が本因坊・趙善津九段を224手まで白番4目半勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(6月7.8日)挑戦手合7番勝負第2局(京都市)は挑戦者・王銘宛九段が本因坊・趙善津九段を247手まで黒番半目勝ちで下した。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第1局(ソウル)は本因坊・趙善津九段が挑戦者・王銘宛九段を59手まで黒番中押勝ちで下した。59手終局は1997年の82手終局を更新して本因坊戦史上最短手数。 → 棋譜(JAVA版) from 毎日新聞
(2000年4月3日)リーグ戦最終局は王銘宛九段が彦坂直人九段を白番中押勝ちで下し、5勝2敗でリーグ優勝し挑戦権を獲得した。
(1999年9月30日)リーグ戦第1局は彦坂直人九段が王立誠九段を黒番半目勝ちで下した。
リーグ戦参加者は、趙治勲九段、彦坂直人九段、王立誠九段、山田規三生七段、林海峰九段、大竹英雄九段、王銘宛九段、柳時熏七段の8人。
54 1999 趙善津九段(29) (7月5.6日)挑戦手合7番勝負第6局は挑戦者・趙善津九段(29)が本因坊・趙治勲九段(43)を254手までで白番2半目勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。
(6月22.23日)挑戦手合7番勝負第5局は挑戦者・趙善津九段が本因坊・趙治勲九段を163手までで黒番中押勝ちで下した。
(6月10.11日)挑戦手合7番勝負第4局は挑戦者・趙善津九段が本因坊・趙治勲九段を284手までで黒番半目勝ちで下した。
(5月31.6/1日)挑戦手合7番勝負第3局(京都「都ホテル」)は本因坊・趙治勲九段(43)が挑戦者・趙善津九段(29)を231手までで黒番7目半勝ちで下した。
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(三重県菰野町)は挑戦者・趙善津九段が本因坊・趙治勲九段を203手までで黒番中押勝ちで下した。
(5月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局(北海道滝川市)は本因坊・趙治勲九段(43)が挑戦者・趙善津九段(29)を239手までで黒番6目半勝ちで下した。
(4月5日)挑戦者決定プレーオフで趙善津九段が彦坂直人九段を219手で黒番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
53 1998 趙治勲九段(42) 趙治勲九段(42)は王立誠九段(39)を4勝2敗で下し、10連覇を達成した。これは高川秀格名誉本因坊の9連覇を更新する新記録。また棋聖、名人とあわせ大三冠堅持した。
(7月13.14日)挑戦手合7番勝負第6局(茨城)は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を154手まで白番中押勝ちで下した。
(6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局(北海道)は挑戦者・王立誠九段が本因坊・趙治勲九段を172手まで白番中押勝ちで下した。
(6月22.23日)挑戦手合7番勝負第4局(北九州)は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を166手まで白番中押勝ちで下した。
(6月11.12日)挑戦手合7番勝負第3局(青森)は挑戦者・王立誠九段が本因坊・趙治勲九段を162手まで白番中押勝ちで下した。
(6月1.2日)挑戦手合7番勝負第2局(兵庫)は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を148手まで白番中押勝ちで下した。
(5月21.22日)挑戦手合7番勝負第1局(中国・上海「新民大酒店」)は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を黒番中押勝ちで下した。
(98年4月6日)王立誠九段が王銘宛九段を300手で黒番1目半で下し挑戦者に決定した。
(1997年10月)リーグ戦参加者が決定した。残留組は加藤正夫十段、柳時熏天元、彦坂直人九段、趙善津八段。予選勝ち上がりは王立誠九段、王銘宛九段(12年ぶり)、小林覚九段(初参加)、山田規三生七段(初参加)。リーグ戦は10月から開始される。
52 1997 趙治勲九段(41) (6月16.17日)第4局は本因坊・趙治勲九段(名人、棋聖)が挑戦者・加藤正夫九段(50)に205手で黒番中押勝ちし、4勝0敗で優勝した。9連覇達成。
(6月2.3日)第3局は趙治勲九段が加藤正夫九段に226手で白番16目半勝ちした。
(5月26.27日)第2局は趙治勲九段が加藤正夫九段に181手で黒番中押勝ちした。
(5月12.13日)第1局は趙治勲九段が加藤正夫九段に82手で白番中押勝ちした。82手終局は本因坊戦史上最短手数。
(96年10月〜97年4月)8人によるリーグ戦で加藤正夫九段が挑戦者に。
51 1996 趙治勲九段(40) (5月13日〜7月17日) 本因坊・趙治勲九段が挑戦者・柳時熏七段を4勝2敗で下した。8連覇(通算10期)
50 1995 趙治勲九段(39) (5月10.11日〜7月24.25日) 本因坊・趙治勲九段が挑戦者・加藤正夫九段(48)を4勝1敗(○●○○○)で下した。7連覇。
49 1994 趙治勲九段(38) (5月9.10日〜7月21.22日) 本因坊・趙治勲九段が挑戦者・片岡聡九段を4勝3敗で下した。6連覇。
(1993年9月2日)小松英樹と林海峯天元(当時)との対戦は公式戦史上初の長生無勝負となった。(週刊碁より)

48 1993 趙治勲九段(37) (6月29.30日)挑戦手合7番勝負第5局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・山城宏九段を219手まで黒番中押勝ちで下し、4勝1敗で優勝した。5連覇。
(6月24.25日)挑戦手合7番勝負第4局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・山城宏九段を218手まで白番2目半勝ちで下した。
(6月16.17日)挑戦手合7番勝負第3局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・山城宏九段を258手まで黒番2目半勝ちで下した。
(5月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・山城宏九段が本因坊・趙治勲九段を245手まで黒番3目半勝ちで下した。
(5月7.8日)挑戦手合7番勝負第1局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・山城宏九段を黒番6目半勝ちで下した。
47 1992 趙治勲九段(36) 本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を4勝3敗(●●●○○○○)で下した。4連覇。
旧名人戦(1973年)、棋聖戦(1983年)、本因坊戦(1983年)、名人戦(1984年)以来、5度目のの3連敗後の4連勝で話題になった。

46 1991 趙治勲九段(35) (7月17.18日)挑戦手合7番勝負第6局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を下し、4勝2敗(●●○○○○)で優勝した。3連覇。
(7月3.4日)挑戦手合7番勝負第5局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を黒番勝ちで下した。
(6月27.28日)挑戦手合7番勝負第4局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を白番勝ちで下した。
(6月7.8日)挑戦手合7番勝負第3局は本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を234手まで黒番10目半勝ちで下した。
(5月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・小林光一九段(名人)が本因坊・趙治勲九段を212手まで黒番4目半勝ちで下した。
(5月?.?日)挑戦手合7番勝負第1局は挑戦者・小林光一九段(名人)が本因坊・趙治勲九段を白番中押勝ちで下した。
45 1990 趙治勲九段(34) 本因坊・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段(名人)を4勝3敗(○●●●○○○)で下した。2連覇。
44 1989 趙治勲九段(33) 挑戦者・趙治勲九段が本因坊・武宮正樹九段を4勝0敗(○○○○)で下した。
43 1988 武宮正樹九段(37) 本因坊・武宮正樹九段が挑戦者・大竹英雄九段を下した。4連覇。

42 1987 武宮正樹九段(36) 本因坊・武宮正樹九段が挑戦者・山城宏九段を下した。3連覇。
41 1986 武宮正樹九段(35) 本因坊・武宮正樹九段が挑戦者・山城宏九段を下した。2連覇。
40 1985 武宮正樹九段(34) (1985年6月26.27日)第5局で挑戦者・武宮正樹九段が本因坊・林海峰九段を254手まで黒番2目半勝ちで下し、4勝1敗で優勝した。

39 1984 林海峰九段(42) 本因坊・林海峰九段が挑戦者・淡路修三八段を下した。
38 1983 林海峰九段(41) 挑戦者・林海峰九段が本因坊・趙治勲九段(名人)を4勝3敗(●●●○○○○)で下した。
旧名人戦(1973年)、棋聖戦(1983年)以来の3連敗後の4連勝、本因坊戦史上初の大逆転で話題になった。
6勝1敗同士の林海峰九段と小林光一九段がプレーオフ。林海峰九段が挑戦者に。
37 1982 趙治勲九段(25) 本因坊・趙治勲九段(名人)(25)が挑戦者・小林光一九段を4勝2敗(●○●○○○)で下した。
挑戦者リーグ史上2度目の8戦全勝で小林光一九段が挑戦者に。
36 1981 趙治勲九段(24) (6月16日)挑戦者・趙治勲九段(名人)(24)が本因坊・武宮正樹九段を下し、優勝した(タイトル料1200万円)。趙治勲は初の本因坊になり、同時に史上四人目の名人本因坊に。
挑戦者リーグ史上初の8戦全勝で趙治勲九段が挑戦者に。

35 1980 武宮正樹九段(29) (1980年7月3.4日)第5局は挑戦者・武宮正樹九段(29)が本因坊・加藤正夫九段(36)を176手まで白番中押勝ちで下し、4勝1敗で優勝した。これを機に秀樹から正樹に改号した。

34 1979 加藤正夫九段(35) (7月10日)本因坊・加藤正夫九段(35)が挑戦者・林海峰九段を下した。3連覇。
33 1978 加藤正夫九段(34) 本因坊・加藤正夫九段(34)が挑戦者・石田芳夫九段を下した。2連覇。

32 1977 加藤正夫八段(33) (6月30日)挑戦者・加藤正夫八段(33)が本因坊・武宮正樹八段を下した。本因坊・十段・碁聖の三冠王に。
31 1976 武宮正樹八段(25) (7月16日)挑戦者・武宮正樹八段(25)が本因坊・石田芳夫九段を4勝1敗で下した。
(1976年7月1.2日)第3局は挑戦者・武宮正樹九段が本因坊・石田芳夫九段を165手まで黒番中押勝ちで下した。

30 1975 石田芳夫九段(26) (7月21.22日)第7局は本因坊・石田芳夫九段(名人)(26)が挑戦者・坂田栄男九段(55)を4勝3敗で下した。5連覇。55歳3ヵ月の挑戦は最年長記録。

29 1974 石田芳夫八段(25) 本因坊・石田芳夫八段(25)が挑戦者・武宮正樹七段を4勝3敗で下した。4連覇。
(1974年7月10.11日)第6局は挑戦者・武宮正樹七段が本因坊・石田芳夫八段を221手まで黒番中押勝ちで下した。
28 1973 石田芳夫七段(24) 本因坊・石田芳夫七段(24)が挑戦者・林海峰九段(名人)を4勝0敗で下した。3連覇。
27 1972 石田芳夫七段(23) 本因坊・石田芳夫七段(23)が挑戦者・林海峰九段(名人)を4勝3敗で下した。2連覇。
26 1971 石田芳夫七段(22) (6月22日)挑戦者・石田芳夫七段(22歳)が本因坊・林海峰九段を4勝2敗で下した。史上最年少の本因坊に。

25 1970 林海峰九段(28) 本因坊・林海峰九段(名人)(28)が挑戦者・坂田栄男九段を4勝0敗で下した。3連覇。
24 1969 林海峰九段(27) 本因坊・林海峰九段(27)が挑戦者・加藤正夫五段(22)を4勝2敗で下した。2連覇。
(4月17日)加藤正夫五段(22歳)、史上最低段で本因坊戦挑戦者に。
23 1968 林海峰九段(26) 挑戦者・林海峰九段(名人)(26)が本因坊・坂田栄男九段を4勝3敗で下した。林海峰九段は坂田栄男九段に続いて史上2人目の名人本因坊に。

22 1967 坂田栄男九段(47) 本因坊・坂田栄男九段(47)が挑戦者・林海峰八段(名人)を4勝1敗(○○○●○)で下した。7連覇。
1967年秋に加藤正夫四段が20歳で23期本因坊リーグ入りを決め、話題に。
21 1966 坂田栄男九段(46) 本因坊・坂田栄男九段(46)が挑戦者・藤沢秀行九段を4勝0敗(○○○○)で下した。6連覇。

20 1965 坂田栄男九段(45) 本因坊・坂田栄男九段(45)が挑戦者・山部俊郎九段を4勝0敗(○○○○)で下した。5連覇。

19 1964 坂田栄男九段(44) 本因坊・坂田栄男九段(44)が挑戦者・高川格九段を4勝0敗(○○○○)で下した。4連覇。
18 1963 坂田栄男九段(43) 本因坊・坂田栄男九段(43)が挑戦者・高川格九段を4勝2敗で下した。3連覇。
17 1962 坂田栄男九段(42) 本因坊・坂田栄男九段(42)が挑戦者・半田道玄九段を4勝1敗で下した。2連覇。
16 1961 坂田栄男九段(41) 挑戦者・坂田栄男九段(41歳)が本因坊・高川格九段を4勝1敗(○○○●○)で下した。初優勝。
15 1960 高川格八段(45) (1960年6月22日)挑戦手合7番勝負第6局が行われ、本因坊・高川格八段(45)が挑戦者・藤沢秀行八段を4勝2敗で下した。9連覇。

14 1959 高川格八段(44) 本因坊・高川格八段(44)が挑戦者・木谷実九段を4勝2敗で下した。8連覇。
13 1958 高川格八段(43) (9月1.2日)挑戦手合7番勝負第6局(箱根)は本因坊・高川格八段(43)が挑戦者・杉内雅男八段を283手まで黒番半目勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。7連覇。
(8月21.22日)挑戦手合7番勝負第5局(静岡市)は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男八段を166手まで白番中押勝ちで下した。
(8月10.11日)挑戦手合7番勝負第4局(大阪府)は挑戦者・杉内雅男八段が本因坊・高川格八段を174手まで白番中押勝ちで下した。
(7月30.31日)挑戦手合7番勝負第3局(名古屋市)は挑戦者・杉内雅男八段が本因坊・高川格八段を239手まで黒番1目半勝ちで下した。
(7月19.20日)挑戦手合7番勝負第2局(別府市)は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男八段を117手まで黒番中押勝ちで下した。
(7月9.10日)挑戦手合7番勝負第1局(文京区竜岡旅館)は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男八段を190手まで白番中押勝ちで下した。
12 1957 高川格八段(42) (8月26.27日)挑戦手合7番勝負第6局(千代田区)は本因坊・高川格八段(42)が挑戦者・藤沢朋斎九段を白番2目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。6連覇。
(8月15.16日)挑戦手合7番勝負第5局(長野市)は挑戦者・藤沢朋斎九段が本因坊・高川格八段を216手まで白番中押勝ちで下した。
(8月2.3日)挑戦手合7番勝負第4局(名古屋市)は本因坊・高川格八段が挑戦者・藤沢朋斎九段を206手まで白番中押勝ちで下した。
(7月22.23日)挑戦手合7番勝負第3局(大阪市)は本因坊・高川格八段が挑戦者・藤沢朋斎九段を171手まで黒番中押勝ちで下した。
(7月9.10日)挑戦手合7番勝負第2局(門司市)は本因坊・高川格八段が挑戦者・藤沢朋斎九段を299手まで白番2目半勝ち(4目半コミ)で下した。
(6月28.29日)挑戦手合7番勝負第1局(文京区竜岡旅館)は挑戦者・藤沢朋斎九段が本因坊・高川格八段を244手まで白番4目半勝ち(4目半コミ)で下した。
11 1956 高川格八段(41) (7月31.8月1日)挑戦手合7番勝負第6局(熱海市)は本因坊・高川格八段(41)が挑戦者・島村利博八段を249手まで黒番2目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。5連覇。
(7月19.20日)挑戦手合7番勝負第5局(港区旅館桂)は本因坊・高川格八段が挑戦者・島村利博八段を170手まで白番中押勝ちで下した。
(7月9.10日)挑戦手合7番勝負第4局(赤坂旅館清水)は本因坊・高川格八段が挑戦者・島村利博八段を183手まで黒番中押勝ちで下した。
(6月28.29日)挑戦手合7番勝負第3局(名古屋市)は挑戦者・島村利博八段が本因坊・高川格八段を161手まで黒番中押勝ちで下した。
(6月17.18日)挑戦手合7番勝負第2局(文京区竜岡旅館)は挑戦者・島村利博八段が本因坊・高川格八段を152手まで白番中押勝ちで下した。
(6月6.7日)挑戦手合7番勝負第1局(文京区竜岡旅館)は本因坊・高川格八段が挑戦者・島村利博八段を264手まで白番6目半勝ちで下した。
第10期までは五段以上の高段者しか出場資格がなかったが、第11期より出場資格が全棋士に変更された。
10 1955 高川格八段(40) 7番勝負は本因坊・高川格八段(40)が挑戦者・島村利廣八段を4勝0敗で下した。4連覇。
9 1954 高川格八段(39) (7月16.17.18日)挑戦手合7番勝負第6局は本因坊・高川格八段(39)が挑戦者・杉内雅男七段を271手まで白番1目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。3連覇。
(7月5.6日)挑戦手合7番勝負第5局は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男七段を157手まで黒番中押勝ちで下した。
(6月23.24日)挑戦手合7番勝負第4局は挑戦者・杉内雅男七段が本因坊・高川格八段を170手まで黒番中押勝ちで下した。
(6月10.11日)挑戦手合7番勝負第3局は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男七段を257手まで黒番4目半勝ちで下した。
(5月28.29.30日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・杉内雅男七段が本因坊・高川格八段を230手まで黒番中押勝ちで下した。
(5月16.17日)挑戦手合7番勝負第1局は本因坊・高川格八段が挑戦者・杉内雅男七段を黒番中押勝ちで下した。
8 1953 高川格七段(38) (7月7.8.9日)挑戦手合7番勝負第6局は本因坊・高川格七段(38)が挑戦者・木谷実八段を213手まで黒番中押勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。2連覇。

(6月26.27日)挑戦手合7番勝負第5局は挑戦者・木谷実八段が本因坊・高川格七段を黒番2目半勝ちで下した。
(6月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局は本因坊・高川格七段が挑戦者・木谷実八段を黒番中押勝ちで下した。
(6月4.5日)挑戦手合7番勝負第3局は本因坊・高川格七段が挑戦者・木谷実八段を白番3目半勝ちで下した。
(5月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局は本因坊・高川格七段が挑戦者・木谷実八段を黒番1目半勝ちで下した。
(5月18.19日)挑戦手合7番勝負第1局は挑戦者・木谷実八段が本因坊・高川格七段を黒番1目半勝ちで下した。
7 1952 高川格七段(37) (8月20.21日)挑戦手合7番勝負第5局は挑戦者・高川格七段(37)が本因坊・橋本宇太郎八段(45)を169手まで黒番中押勝ち(コミ4目半)で下し、4勝1敗した。

(8月6.7.8日)挑戦手合7番勝負第4局は挑戦者・高川格七段が本因坊・橋本宇太郎八段を235手まで白番3目半勝ちで下した。
(7月23.24日)挑戦手合7番勝負第3局は挑戦者・高川格七段が本因坊・橋本宇太郎八段を223手まで黒番中押勝ちで下した。
(7月9.10.11日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・高川格七段が本因坊・橋本宇太郎八段を242手まで白番8目半勝ちで下した。
(6月25.26日)挑戦手合7番勝負第1局は本因坊・橋本宇太郎八段が挑戦者・高川格七段を208手まで白番中押勝ちで下した。
高川格七段、本因坊獲得
6 1951 橋本宇太郎八段(44) (6月27.28.29日)挑戦手合7番勝負第7局は本因坊・橋本宇太郎八段(44)が挑戦者・坂田栄男七段(31)を262手まで白番3目半勝ち(コミ4目半)で下し、4勝3敗で優勝した。
(6月13.14.15日)挑戦手合7番勝負第6局は本因坊・橋本宇太郎八段が挑戦者・坂田栄男七段を256手まで黒番10目半勝ちで下した。
(5月31.6/1日)挑戦手合7番勝負第5局は本因坊・橋本宇太郎八段が挑戦者・坂田栄男七段を273手まで白番10目半勝ちで下した。
(5月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局は挑戦者・坂田栄男七段が本因坊・橋本宇太郎八段を136手まで白番中押勝ちで下した。
(5月3.4日)挑戦手合7番勝負第3局は挑戦者・坂田栄男七段が本因坊・橋本宇太郎八段を309手まで黒番2目半勝ちで下した。
(4月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局は本因坊・橋本宇太郎八段が挑戦者・坂田栄男七段を240手まで黒番4目半勝ちで下した。
(4月15.16日)挑戦手合7番勝負第1局は挑戦者・坂田栄男七段が本因坊・橋本宇太郎八段を黒番勝ちで下した。
5 1950 橋本宇太郎八段(43) (4月26.27.28日)挑戦手合7番勝負第4局は挑戦者・橋本宇太郎八段(43)が本因坊・岩本薫八段を195手まで黒番中押勝ち(コミ4目半)で下し、4勝0敗で優勝した。

第4局で対局する、本因坊薫和(左)と橋本宇太郎八段。後列左から2人目は、観戦記者の中国史学者、貝塚茂樹(1950年4月28日、大阪・関西棋院で)
(4月20.21.22日)挑戦手合7番勝負第3局は挑戦者・橋本宇太郎八段が本因坊・岩本薫八段を271手まで白番4目半勝ちで下した。
(4月8.9.10日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・橋本宇太郎八段が本因坊・岩本薫八段を233手まで黒番3目半勝ちで下した。
(3月28.29.30日)挑戦手合7番勝負第1局は挑戦者・橋本宇太郎八段が本因坊・岩本薫八段を256手まで白番7目半勝ちで下した。
4 1947 岩本薫七段(45) 本因坊・岩本薫七段(45)が挑戦者・木谷実八段を3勝2敗で下した。
3 1945 岩本薫七段(43) (1946年8月21日)再決戦三番勝負は岩本薫七段が橋本宇太郎八段をストレートで2連勝して降し、第3期本因坊になり、本因坊薫和を名乗った。当時はコミなしの6番勝負。
(1945年11月22、23、24日)第1局は広島で7月23、24、25日に行われ橋本宇太郎八段が勝った。第2局は広島で8月4、5、6日に行われ岩本薫七段が勝った。第2局は原爆投下の中打たれたことから、原爆対局として有名。第3局は11月11、12、13日に、第4局は11月15、16、17日に打たれ、1勝1敗。第5局は11月19、20、21日に、第6局は11月22、23、24日に打たれ、1勝1敗。3勝3敗のため新規定で日本棋院預りとなり、改めて3番勝負が和歌山県・高野山で実施された。
(1945年?月?日)岩本薫七段(43)が本因坊・橋本宇太郎八段への挑戦者に決定した。

決戦3番勝負の第1局。高野山総持院で対局する橋本宇太郎八段(左)と岩本薫七段=高野山総持院で1946年8月
2 1943 橋本宇太郎七段(36) コミ4目半の5番勝負。本因坊・関山利一七段に橋本宇太郎七段(36)が挑戦。第1局は挑戦者・橋本宇太郎七段が本因坊・関山利一七段を下した。第2局の対局中に本因坊・関山利一七段が病気で倒れ、棄権負けとなる。
1 1941 関山利一六段(33) (1941年7月18日)鈴木為次郎七段、瀬越憲作七段、加藤信七段(49)、木谷実七段、呉清源七段、久保松勝喜代六段、関山利一六段(33)、前田陳爾六段の8人が1年がかりで4回のトーナメントを戦い、成績に点数を付けた。16点の関山利一六段と15点の加藤信七段がコミなしの6番碁を戦い、3勝3敗。規定により点数一位の関山利一六段が第1期本因坊になった。
第1期本因坊は木谷実七段か呉清源七段と誰もが予想していたところ、呉は1点差の3位、木谷は5位に終わりました。関山利一六段と加藤信七段が進出した六番勝負はどちらも譲らず、すべて黒番勝ちの3勝3敗。規定に従い、選手権成績3位の関山六段の本因坊獲得が決まりました。その第6局、「これが最後の一局というのに対局室の光景はまことに和やかなものであった」と三谷は書いています。日本棋院で打たれ、持時間13時間の三日制。49歳の加藤七段が石を投じたのは昭和16年7月18日の夜でした。(三谷水平(毎日新聞記者、囲碁評論家)筆の「本因坊戦ものがたり」より)
(1939年6月9日)1939年6月9日付の東京日日新聞(後の毎日新聞)に「『本因坊名跡』争奪−全日本囲棋選手権大手合」という見出しはで5段抜きの社告が出た。内容は「本因坊秀哉氏が引退したのを受け、その名跡を競う選手権戦を開催し、獲得者の頭上に本因坊を冠する」というもの。6月12日には日本棋院で、「全日本専門棋士選手権大手合」創定式が行われ、選手代表として鈴木為次郎七段が宣誓を行った。これが当初の本因坊戦の正式名称。次第に簡略化され、本因坊継承戦、本因坊決定戦、そして現在の本因坊戦となった。

「全日本専門棋士選手権大手合」創定式で宣誓文を読む鈴木為次郎七段。後ろに、当時の日本棋院所属棋士が並ぶ

最終更新日: 2017年6月16日