井山裕太
いやま ゆうた
井山裕太
Iyama Yuta

1989年5月24日生れ
左打ち(右利き)
大阪府出身
石井邦生九段門下。1997年(第18回)全国少年少女囲碁大会優勝(小学2年生、8歳・最年少記録)。1998年(第19回)全国少年少女囲碁大会優勝(小学3年生、9歳)。2人目の大会2連覇。2002年4月入段(大阪枠)(12歳10カ月)。2002年9月6日二段。2003年6月5日三段。2005年4月1日四段(賞金ランクで昇段)。2005年10月8日七段(阿含桐山杯優勝で昇段)。2008年7月11日八段(名人戦挑戦権獲得で昇段)。2009年10月16日九段(名人位獲得で昇段、最年少九段20歳4か月)。2010年通算300勝達成。
2012年5月24日結婚
2012年12月31日現在通算成績=420勝157敗
2013年24歳??勝??敗通算???勝??敗
2012年23歳51勝21敗通算420勝157敗
2011年22歳48勝19敗通算369勝136敗
2010年21歳34勝20敗通算321勝117敗通算300勝達成。
2009年20歳43勝14敗通算287勝97敗2009年10月16日九段(名人位獲得で昇段)。
2008年19歳48勝21敗通算244勝83敗2008年7月11日八段(名人戦挑戦権獲得で昇段)。
2007年18歳44勝11敗通算196勝62敗
2006年17歳34勝14敗通算152勝51敗
2005年16歳40勝13敗通算118勝37敗2005年10月8日七段(阿含桐山杯優勝で昇段)。
2005年4月1日四段(賞金ランクで昇段)。
2004年15歳25勝 7敗通算78勝24敗
2003年14歳32勝13敗通算53勝17敗2003年6月5日三段。
2002年13歳21勝 4敗
2002年9月6日二段。
2002年4月入段(大阪枠)。
棋風:
揮毫:
井山裕太著作集
張栩:井山裕太の対戦成績
山下:井山裕太の対戦成績
タイトル獲得数:43個(うち世界タイトル:1個)
対局日棋戦名年齢コメント
2017年4月(第55期)十段27歳通算4回優勝。
2017年3月(64期)NHK杯優勝27歳初優勝。
2017年3月(第41期)棋聖26歳5連覇。名誉棋聖獲得。
2016年12月(42期)天元27歳通算5回優勝。
2016年11月(第64期)王座27歳通算4回優勝。
2016年7月(41期)碁聖27歳5連覇、名誉碁聖位獲得。
2016年6月(71期)本因坊27歳5連覇。第26世本因坊文裕を名乗る。
2016年4月(第54期)十段26歳史上初の7冠王。
2016年2月(第40期)棋聖26歳4連覇
2015年12月(第17期)阿含桐山杯戦日中決戦優勝26歳非公式戦
2015年11月(41期)天元26歳
2015年11月(第63期)王座26歳
2015年10月(第22期)阿含桐山杯優勝26歳通算4回優勝
2015年10月(第40期)名人26歳通算5回優勝。
2015年8月(第40期)碁聖26歳
2015年6月(70期)本因坊26歳
2015年3月(第1期)棋戦優勝者選手権戦優勝25歳非公式戦。通算2回優勝。
2015年3月(第39期)棋聖25歳3連覇
2014年10月(第39期)名人25歳
2014年10月(第21期)阿含桐山杯優勝25歳
2014年8月(第39期)碁聖25歳
2014年7月(69期)本因坊25歳
2014年3月(第1期)棋戦優勝者選手権戦優勝24歳非公式戦。
2014年3月(第38期)棋聖24歳
2013年12月(第61期)王座24歳
2013年11月(39期)天元24歳
2013年10月(第38期)名人24歳2度目の6冠。
2013年8月(第38期)碁聖24歳
2013年7月(68期)本因坊24歳
2013年6月(25回)テレビアジア囲碁戦優勝24歳
2013年3月(第37期)棋聖23歳23歳9か月は最年少棋聖。23歳9か月は最年少6冠。
2012年11月(38期)天元23歳
2012年11月(第60期)王座23歳23歳5ヶ月は最年少5冠。
2012年9月(第21期)竜星戦優勝23歳通算3回優勝
2012年7月(第37期)碁聖23歳23歳2か月は最年少4冠。
2012年7月(67期)本因坊23歳23歳1ヶ月は最年少第三冠。
2012年4月(第50期)十段22歳
2012年3月(7回)大和証券杯22歳非公式ネット棋戦。通算2回優勝。
2011年11月(37期)天元22歳
2011年10月(第18期)阿含桐山杯優勝22歳
2011年9月(第20期)竜星戦優勝22歳
2011年4月(第49期)十段21歳21歳11カ月は史上最年少の十段。
2010年12月(6回)大和証券杯21歳非公式ネット棋戦
2010年10月(第35期)名人21歳
2009年10月(第34期)名人20歳20歳4か月は史上最年少。
2009年9月(第18期)竜星戦優勝20歳
2008年(33期) 名人戦挑戦者19歳19歳3ヶ月での挑戦者は最年少記録。
2007年9月(第32期)新人王戦優勝18歳
2007年7月(第4期)中野杯優勝18歳非公式戦
2007年4月(第32期)棋聖戦リーグ入り17歳17歳10ヶ月でのリーグ入りは最年少記録。
2006年7月(第3期)中野杯優勝17歳非公式戦
2005年10月(第12期)阿含桐山杯優勝16歳16歳4ヶ月でのタイトル獲得は史上最年少記録。
2005年7月(第2期)中野杯優勝16歳非公式戦
2005年4月(第52期)NHK杯出場15歳15歳10ヶ月での出場は同棋戦史上最年少記録。
2002年1月1日以降国際棋戦成績=6勝5敗(対韓国:4勝4敗、対中国:0勝1敗、対他:2勝0敗)
対局日棋戦名勝敗対戦相手コメント
2010.01.16第2回BCカード杯杯64強戦羅玄アマ(韓国)(16)
2009.05.20第14回LG杯第2回戦李昌鎬九段(韓国)(33)
2009.05.18第14回LG杯第1回戦尹o相七段(韓国)(21)
2009.04.13第22回富士通杯第2回戦姜東潤九段(韓国)
2009.04.11第22回富士通杯第1回戦元晟湊九段(韓国)
2009.04.04第1回BCカード杯杯16強戦趙漢乗九段(韓国)
2009.03.12第1回BCカード杯杯32強戦温昭珍四段(韓国)
2009.03.01第1回BCカード杯杯64強戦金昇宰二段(韓国)(16)
2008.04.14第21回富士通杯第2回戦李世石九段(韓国)
2008.04.12第21回富士通杯第1回戦周俊勲九段(台湾)
2006.01.10阿含桐山杯・日中対抗戦古力七段(中国)
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写真(7歳) 写真(8歳) 写真(16歳) 写真(17歳) 写真(17歳) 写真(19歳)
【2011年4月29日 産経新聞「囲碁十段戦・人」(伊藤洋一)】
21歳11カ月。来月の誕生日を目前に、史上最年少で十段位を獲得した。「自分でもビックリです。実力不足を痛感した棋聖戦から気持ちを切り替えて打ったのがよかったかな、と」。20歳で名人に就き、2010年秋の防衛戦では高尾紳路九段相手に4連勝のストレート勝ち。しかし年明けからの棋聖戦では、よもやの逆転負けが続き、師匠の石井邦生九段も、「ふだんは碁の話をしないが、さすがに心配になった」と声をかけたほど。しかし、当人はあっけらかんとしていた。故郷の東大阪市で行われた十段戦第1局の前夜祭では「私の家はここから電車で30分。地元でタイトル戦を打てるなんて夢みたい」と話し、ファンとの撮影にも笑顔で応じる余裕をのぞかせていた。しかし、その地元対局も黒星に終わった。東日本大震災の日に敗れた棋聖戦第6局まで3週間で張棋聖に4連敗。先の見えないトンネルに入り込んだが、「実力の違いですから」と淡々としていた。十段戦第2局で“名手”を披露し連敗を止めると、自在に打ち回す棋風が戻ってきた。
囲碁を離れれば、同年代の若者と変わらない。米大リーグやプロ野球中継を楽しむ阪神ファン。対局で東京や地方へ赴く際には東野圭吾さんらのミステリー小説で頭をリラックスさせる。勝負に負けてもくよくよしないのがヒケツだ。平成21年に2日制の名人戦を制して以降、「時間をかけて局面を読むことが楽しくなった」というが、今期から持ち時間が1時間短縮された十段戦にも対応できたのは、オンとオフの切り替えの巧みさ、負けたことを引きずらない“鈍感力”のたまものだった。「素晴らしい対局の機会を与えて頂いた。碁盤に集中したのがこの結果につながった」。かつて「もっとも尊敬する棋士」と評していた張棋聖の印象が、シリーズ前には「もっとも意識する棋士」に変化した。これからは自らが「もっとも尊敬される棋士」への階段をのぼっていく。

【2010年1月1日 朝日新聞「新年の読書特集―私の「読む」スタイル」】
囲碁の対局のため、自宅のある大阪と東京をよく行き来します。1年半ほど前から新幹線の中でミステリー小説を読むのが習慣になりました。寝ていることの多かった移動時間に読書をするようになって、いい気分転換ができるようになりました。新大阪駅の書店で東野圭吾さんの「容疑者Xの献身」を買ったのが最初。同名の映画が公開される少し前でした。謎が解明されていく過程や、探偵役の助教授と刑事の掛け合いのおもしろさに、すぐ引き込まれました。以来、東野さんの小説を20冊くらい読んでいます。小さい頃から、一度好きになると、どんどんはまってしまう性格なのです。座席の背もたれを少しだけ倒し、時には携帯型プレーヤーでEXILEの音楽を楽しみながら。でも、ストーリーに集中すると音楽は聞こえません。気がついたら東京駅に着いていたこともありますね。あとは夜寝る前に布団の中で。昨秋の名人戦七番勝負では対局1日目の夜にも部屋で読書をしました。2日目に向けて気持ちを落ち着かせるというよりも、普段のスタイルを崩したくなかったからです。小説以外ですと、漫画「名探偵コナン」や「金田一少年の事件簿」などが気に入っています。もちろん「ヒカルの碁」も読みますが、ミステリー好きというのは間違いないですね。でも囲碁のように先を読む(推理する)なんてことはありません。「この人が怪しそうだな」。まあその程度です。ミステリーは、徐々に犯人を追いつめていくところが楽しく、最後にトドメをさす部分では、いつもスッキリした気分になります。囲碁でも、取るか取られるかという興奮する終盤になることがありますが、小説のようには、なかなかスッキリと勝たせてくれません。(伊藤衆生)

【2009年12月29日 朝日新聞「天才の育て方」】
井山裕太(20)にとっての最初の「試練」は、小学3年生で少年少女囲碁大会小学生の部を連覇した直後にやってきた。才能が見込まれ、関係者が走り回って、中国・北京で開かれる全国児童囲碁大会に出場できることになったのだ。井山裕太のお母さん・宏美(47)は、「最初は、なんで中国?って感じでした」と話す。「テレビ出演、全国大会優勝とつづき、海外へというのですから。私らはただ見ているだけでしたね。なにより、楽しそうなのでずっと安心してました」
裕太は祖父鐵文(てつぶん)(78)、祖母積子(せきこ)(73)と北京に向かった。参加したのは10歳以下の部で、結果は5勝4敗、60人中29位。「ベスト10ぐらいかな」と思っていた師匠の石井邦生九段(68)はちょっと不満だったが、この大会を機に裕太は一段と成長した。なにより、生まれて初めて年下に負けたことが転機となった。父親の裕(ゆたか)(47)が話す。「裕太も負けるとよく悔し涙を流すのですが、裕太がびっくりしたのは、中国の親は子どもが負けると殴ったりすることらしいです。あらためて囲碁の世界の厳しさを知りました」
裕太は2002年、12歳でプロ入りする。日本棋院では、趙治勲の11歳に次ぐ史上2番目の若さだった。裕太がプロ棋士になってから、石井九段は対戦したすべての棋譜を手書きにして、郵送で自分のもとに送らせた。「郵便を私に出し、私からの助言が戻ってくる。この時間のずれが、裕太君の棋風を育てた。すぐに指導を受けるのではなく、手紙が行き来する間はずっとその戦いのことを考えつづけているわけですから。自分で考えてこそ、です」
2007年に名人戦リーグに入る。翌08年、張栩(ちょうう)名人に挑戦する権利を獲得して挑んだが、惜敗。しかし、09年には張名人を破り、念願の名人にたどり着いた。「裕太君の才能は、自分のものではなく、日本囲碁界の才能です」石井九段の言葉は、そのまま囲碁ファンの「海外での王者に」という願いにつながる。(敬称略、石川雅彦)

【2001年11月19日 毎日新聞(朝刊)】
東大阪市立孔舎衛(くさか)東小6年、井川裕太君(12)が11月18日、囲碁のプロ棋士(日本棋院)に内定した。プロ入りの最年少記録は趙治勲九段(45)の11歳で、12歳は橋本昌二九段(66)、林海峰九段(59)、結城聡九段(29)に次いで4人目。来年4月の中学進学とともにデビューする。
井川君はアマ6段の祖父や銀行員の父の手ほどきで5歳で囲碁を覚え、小学2年で石井邦生九段(60)に弟子入り、その年の小学生大会で最年少優勝、アマ6段だった小学3年の秋、プロ棋士の卵「院生」になった。この日が最終日だった今期の院生リーグ戦で71勝8敗と2位を大きく離し優勝、プロへの切符を手にした。
東京、中部などの成績上位者と合せ、全国で7人がプロ入りの予定だ。折りしも中学生棋士が活躍する漫画「ヒカルの碁」が小中学生の間で人気を呼び、テレビアニメ化された。井山君は「憧れの棋士は趙治勲先生。プロになるからにはタイトル戦を目指したい」と幼さの残る声で夢を語った。師匠の石井九段は「碁のセンスや集中力などどれをとっても数十年に一人の逸材」と期待を寄せている。

【2001年11月19日 読売新聞(朝刊)】
日本棋院関西総本部の囲碁棋士採用試験で11月18日、大阪府東大阪市立孔舎衛(くさか)東小6年、井川裕太君(12)が合格、来年4月に初段としてデビューする。小学生の合格は関西棋院の結城聡九段(29)以来17年ぶり。
井山君は小学2年から全国少年少女大会で2連覇、棋士を目指した。採用試験に当たる院生Aリーグには6人が参加し、80局ずつ対戦したが、井山君は46連勝など、一局を残して71勝8敗という抜群の成績だった。
平成生まれの初めての棋士となるが、師匠の石井邦生九段は「早見えで天性のひらめきがあり、世界チャンピオンの可能性を秘めた逸材」と期待している。

【2001年11月19日 朝日新聞(朝刊)】
大阪府東大阪市立孔舎衛(くさか)東小6年、井川裕太君(12)が日本棋院関西総本部の囲碁棋士採用試験に合格し、来年4月に初段でデビューすることが11月18日までに決まった。趙治勲王座(45)の持つ11歳での最年少記録に次ぐ若さ。
5歳で父親から囲碁の手ほどきを受け、小学2年から全国少年少女大会で2連覇した。採用試験にあたる院生Aリーグで現在71勝8敗。「タイトルを取れる棋士になりたい。趙治勲王座が目標です」と話している。