内田修平
うちだ しゅうへい
Uchida Shuhei

1989年9月8日生れ

山梨県出身
大淵盛人九段門下。2001年(第22回)小学生名人戦優勝。2005年6月30日入段(2005年夏季採用)。2007年8月17日二段(勝ち数=30勝昇段)。2009年2月1日三段(賞金ランクで昇段)。2010年1月1日四段(賞金ランクで昇段)。2011年1月1日五段(賞金ランクで昇段)。2011年10月28日七段(名人戦リーグ入りで昇段)。
2012年12月31日現在通算成績=118勝77敗
2013年23歳??勝??敗通算???勝??敗
2012年22歳16勝15敗通算118勝77敗
2011年21歳18勝8敗通算102勝62敗2011年1月1日五段(賞金ランクで昇段)。
2011年10月28日七段(名人戦リーグ入りで昇段)
2010年20歳14勝 9敗通算84勝54敗2010年1月1日四段(賞金ランクで昇段)
2009年19歳17勝10敗通算70勝45敗2009年2月1日三段(賞金ランクで昇段)。
2008年18歳16勝11敗通算53勝35敗
2007年17歳22勝11敗通算37勝24敗2007年8月17日二段(勝ち数=30勝昇段)。
2006年16歳11勝11敗通算15勝13敗
2005年15歳 4勝 2敗
2005年6月30日入段(2005年夏季採用)。
棋風:攻めの棋風。
揮毫:
タイトル獲得数:2個(うち世界タイトル:0個)
対局日棋戦名年齢コメント
2011年11月(第6回)広島アルミ杯若鯉戦優勝22歳この年から公式戦
2009年11月(第4回)広島アルミ杯若鯉戦優勝20歳非公式戦
2008年9月(第33期)新人王戦優勝19歳
日本棋院の情報 写真
【2005年7月5日 山梨日日新聞】

山梨県から39年ぶりに囲碁のプロ棋士誕生。日本棋院東京本院の夏季棋士採用試験で、甲府市出身の同院生、内田修平さん(15)の入段が決まった。県内出身者のプロ入りは、笛吹市(旧一宮町)出身の中村秀仁九段以来の快挙。内田さんは「世界戦でも勝てる棋士になりたい」と意気込んでいる。

夏季試験は毎月行っている院生のリーグ戦のうち、4−6月の総合成績一位のみが入段内定となる狭き門。内田さんは所属するAクラスで各月のリーグ戦すべてで首位となり、圧倒的な強さで入段を果たした。

内田さんは5歳で囲碁を始め、甲府・北新小4年の時に囲碁を習いに神奈川県の大淵盛人九段の元へ通い始めた。6年時には少年少女囲碁大会で全国優勝。本格的にプロを目指す自信につながり、日本棋院の院生になった。

甲府北中2年の時に大淵九段の内弟子になることを決意。神奈川・相模湖町の中学に転校し、学業と囲碁を両立する生活を続けた。今春の中学卒業後は進学せず、プロ一本に絞って研さんを積んだ。

プロには毎月の基本給のほか、ファイトマネーとしての「対戦料」などが支給される。内田さんは「入段が決まったときは、うれしさはもちろんだが、何より安心した。一局一局全力で臨み、勝ちたい」と言う。

母親の美幸さんは「親元を離れたときは寂しい気持ちがあったが、本人の揺るぎない意志を感じて送り出した。入段の知らせを受けたときは友人と抱き合って喜んだ」と笑顔で話す。内田さんの“デビュー戦”は9月以降になる見通し。
内田さんが囲碁を始めたころから指導し、山梨日日新聞の囲碁解説もしている杉村爽さんは「早くタイトルが取れるようになってほしい」と期待を寄せている。

【2005年7月11日 週刊碁】
中野杯と同じ時期に進行していた4月、5月、6月の院生手合で優秀な成績を収め(リーグ戦全月1位)、晴れて6月30日付けで入段した。大淵盛人九段門下で、奥田あや初段は門下の先輩にあたる。

内田新初段はこれから公式手合が始まるが「とにかく一局、一局、大切に打ちたい」と語る。「自分は攻めの棋風」と自己診断。読みに自信あり?と尋ねたら「得意ではないけれど苦手でもない。やっぱり読みで負けないようにしたいですね。もっと勉強しないと」。

今後、韓国・中国の若手との戦いも待っているが、「インターネットで棋譜を見ていますが、韓国、中国の若手棋士は強いと思います。でもこちらも勝てるように打つつもり。やはり世界戦で勝てる棋士になりたい」と力強いコメントをもらった。