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14歳・酒井佑規初段、格言破りの豪快さ 初の名人戦予選、難解な読み合い制す
【2019年4月13日(土) 朝日新聞「月刊囲碁」(大出公二)】
 名人。あらゆる分野に使われる称号のおおもとは、囲碁にあるという。「そちはまことの名人なり」。戦国時代、織田信長がこう言って、当代一の名手をたたえたのが始まりと伝えられる。その歴史を引き継ぐ名人戦は、約480人の全棋士が、たった一つの名人の座を争うサバイバル戦だ。今月から、予選トーナメントで奮闘する棋士を、棋譜とともに紹介する。

 張栩名人への挑戦権を争う第44期名人戦リーグが、佳境を迎えている。井山裕太五冠ら9人のリーグ棋士の座は「黄金のイス」と呼ばれるが、そこに座るまでの道のりは長く、険しい。リーグ入りをかけた予選トーナメントは予選C→B→A→最終予選と四つの関門をくぐらなければならない。しかも与えられたリーグ出場枠は、前期リーグの成績下位3人が陥落した3枠だけ。倍率にして1枠につき約160倍の難関だ。すでに来期の第45期リーグ入りをめざす予選が2月から始まっている。その中の予選C1回戦、酒井佑規(ゆうき)初段(14)―芝野龍之介二段(21)戦は、まれに見る大捕物となった。

 昨年4月にプロ入りした酒井は、名人戦デビューとなる本局で思い切った作戦に出た。図1の△に対する黒1が大胆。▲二子を犠牲にして、盤右側に雄大な大模様を敷いた。とはいえ、見返りに白に与えた盤左側の領土は、数えて85目になんなんとする大地だ。一連の折衝で、酒井には誤算があった。白16ではaと断点を守る相場とみていた。これなら左辺には侵入の余地がある。ところが目いっぱいに頑張られて、酒井の脳内に非常警報が鳴った。黒模様は隙の多い大風呂敷だが、これをごっそり領土にしなければ形勢容易ならず、と考えた。図1に続き、図2黒1と打った。普通は黒aと黒石を棒に二つ並べる「鉄柱」に構えて、まずは右辺の領土を確かにするが、あえて打ち込みを誘った。案の定、白は2と敵陣深く潜入して荒らしにきた。酒井はこれを待っていた。囲碁に「一方石(いっぽういし)に死になし」という格言がある。他の味方の陣地が万全の構えならば、たった一つの弱い石は敵の猛襲を受けても死ぬものではない、という意味だ。酒井は黒3以下、一直線に格言破りの一方石の捕獲に向かった。黒23に続く白bには黒cとぶすりと切断。その後の難解な読み合いを制し、白の大石を召し上げてしまった。

 日本棋院の院生(プロ候補生)時代、師範だった小林覚理事長から「ぶっつぶすことだけを考えている」と評された酒井の碁は、今も変わらず豪快だ。続く2回戦で敗退したが、若手筆頭格の一力遼八段以来、7年ぶりの13歳の若さでプロ入りした有望株。この4月に史上最年少棋士となった仲邑菫(なかむらすみれ)初段(10)について「負けたくありません」と、ひとこと。大いに刺激を受け、日々、盤に向かう。
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