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韓国の囲碁・仲邑菫ちゃんフィーバーに見る、“天才の育て方”日韓の違い
【2019年2月8日 文春オンライン(菅野 朋子)】
「まるで祖父と孫の対決のような光景ですね」
 解説者の韓国の女流棋士からは「かわいいですね」という声が対局中、何度もこぼれた。2月3日、旧正月の特番(「K囲碁」)で韓国の伝説といわれる名棋士、゙薫鉉(65歳)九段と今年4月1日からプロ棋士としてデビューする仲邑菫さん(9歳)の対局が放映された。

ソウル市の名門道場に7歳の頃から留学
 1月5日、日本棋院が仲邑菫さんをプロ棋士として採用すると発表した。「英才特別採用推薦棋士」の第1号で、10歳0カ月のプロ棋士誕生は日本史上初。この制度は世界で戦える才能ある棋士を育てていく目的で新たに設けられたものだ。女流棋士ではこれまで藤沢里菜四段(女流棋士本因坊、21歳)の11歳6カ月での入段(プロ入り)が最年少記録で、韓国ではチョ・ヘヨン九段(34歳)の11歳10カ月が最年少記録。この記録を打ち破るきら星登場のニュースは韓国でも駆け巡り、仲邑さんが入門していた韓国の韓鍾振道場には取材の電話が殺到した(週刊紙『日曜新聞』1月29日)。仲邑さんは7歳の2017年から韓鍾振九段が2015年に開いたこの囲碁道場に留学していた。韓鍾振九段は仲邑さんをこう絶賛した。「同じ年頃の中では実力、才能は抜きんでていて、これから発展していく可能性は無尽です」

韓国では囲碁が習い事としても人気
 韓鍾振道場には韓国全国からプロ棋士を目指す子供たちが集まり、日々、鎬を削っている。生徒数は40人ほど。設立から4年あまりで10人以上のプロ棋士を輩出していて、韓国の名門囲碁道場のひとつと言われる。韓国の囲碁人口は全人口およそ5100万人の中で500万人とも1000万人ともいわれ正確なところは分からないが、子供の習い事としても人気で、その理由は「囲碁をすると考える力が伸びて、成績が上がるから」(40代、会社員)。囲碁の学習塾はソウルのそこここにある。ひと昔前までは、ソウル市内の公園で囲碁を打つ高齢者の姿は馴染んだ光景で、10数年前の新聞には必ず棋譜が掲載されていた。仲邑さんをニュースで知った知り合いの50代の会社員は感慨深げにこう言う。「昔は囲碁といえば、韓国の棋士が日本に留学して力をつけて帰ってきた。それが今は、日本の棋士が韓国に留学するなんて、隔世の感があります」

仲邑菫ちゃんの韓国留学の決め手
 仲邑さんの今回の対局相手、゙薫鉉九段も日本留学組で、終局後には流暢な日本語で仲邑さんと局後の検討を行っていた。世界囲碁ランキングで圧倒的に名を連ねるのは中国の棋士だが、韓国も10位以内に2人の棋士を出していて、その強さは日本でも知られるところ。仲邑さんの韓国留学について囲碁に詳しい韓国の記者はこう話す。「韓国は集中して囲碁を学ばせる道場が充実しているといわれ、2年前(2016年)から青年と少年の国体それぞれで正式種目にもなり、囲碁人口をどんどん増やして行こうという傾向にあります。韓国にはそうした雰囲気や囲碁を学ぶ環境があり、さらに日本の棋士は勝負欲に欠けるともよくいわれるそうで、菫さんの父親でプロ棋士の仲邑信也九段が菫さんの韓国留学を決めたと聞いています」

現地紙・中央日報が報じた「天才少女の1日」
 仲邑菫さんの家庭は父親がプロ棋士の仲邑信也九段で、母親は元囲碁講師、さらには叔母も石井茜三段という囲碁一家。仲邑菫さんは3歳の時から母親に囲碁の基本を教わったといわれる。中央日報は仲邑さんの韓国での留学生活を「天才少女、菫の1日、朝5時起床、10時間囲碁を打ちます」(1月30日)と詳しく報じた。「普段は朝5時30分に起きると菫はすぐに父親の仲邑信也九段と囲碁を打つ。朝食後、菫は母親と韓鍾振囲碁道場に向かう。午前10時頃道場に着くと、同じ年頃の子供たちとリーグ戦や対局をする。菫は囲碁を打つとき、焦りがでてくると爪を噛んだり、相手の顔を何度も確かめる対局のクセがあるという。終局から再び碁盤に向かうまでかかる時間は普通2〜3時間だ。菫は韓国へ来た頃、囲碁を打ち、敗色が濃くなると、悔しさを堪えきれずに涙をぽろぽろとこぼすことで有名だった。最近、レベルが一段階上のグループに移動した菫は囲碁を打つと負けることが多い。しかし、最近では負けても涙を流すことがずいぶん減った。納得のいかないような表情はしても、師範に少し不満を見せるだけだ」

「天才の育て方」日韓の違い
 プロ女流棋士、仲邑菫初段の登場は韓国ではまた別の意味があると前出記者は言う。「韓国にも2015年に天才棋士といわれた金ウンジがいました。当時、彼女は8歳。ただ、彼女は先月1月に開かれたプロを選抜する女子入段大会で4年連続脱落し、まだプロ棋士にはなれていません」仲邑菫さんもプロになるべくこの大会に応募したが、日本棋院が「英才特別採用推薦棋士」制度を設けたことで日本に帰国。4月1日からプロ棋士として認められ、活動できることになった。囲碁専門記者は朝鮮日報のコラムでこう書いている。「囲碁で大成しようとするなら入門も、入段も早ければ早いほどいい。多少未熟でもプロになれば学ぶことはとても多い。金ウンジは再び『入段試験』準備に入り、菫は本格的にプロとしての生活を始める。韓国と日本の天才への価値観と育成方法が大きく違うことがこの1週間であらためて露わになった」(1月12日)

世界最強棋士が「私の幼いときよりも強い」と太鼓判
 プロ棋士、仲邑菫初段の登場は韓国囲碁界にも一石を投じたようだ。仲邑菫さんと対局しだ薫鉉九段はいまだ入段最年少世界記録となっている9歳6カ月でプロ棋士となり、世界選手権で何度も優勝を重ねた、世界最強棋士のひとりといわれる。対局後、仲邑菫さんについて訊くど九段はこんな言葉を残した。「基本もしっかりしているし、私の幼いときよりも強いですね。これから着実に勉強して努力していけば大成するのではないでしょうか。ただ、これからはどんどん(勝つことが)難しくなる。学ぶことだけでは勝てなくなる。自分のものを身につけなければいけない。プロになれば、最初は連戦連敗かもしれませんが、挫折することはない。努力して研究して、それによって自分のものをどう身につけていくかです」゙九段は昭和を代表する名誉棋聖、藤沢秀行を「盤上の師」とし、親交が深かったことでも知られる。ちなみに、これまで女流棋士プロ入り最年少といわれた藤沢里菜四段はこの藤沢秀行棋聖の孫にあたる。冒頭の対局前に、殺到した日韓の記者たちを前に仲邑さんは緊張したのか、日本語と韓国語での質問に恥ずかしそうに首をかしげるばかりだったが、対局にどう臨むかと訊かれた時は、韓国語で、「一所懸命打ちます」と答えた姿が印象的だった。仲邑菫さんがこれからどんな成長を見せ、そして、韓国からはどんな棋士が登場してくるのか。こんなワクワクするような日韓対決ならいつでも見たい。
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