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人間が囲碁AIに負けても焦る必要のない理由
【2018年7月10日 Forbes・JAPAN(西内 啓:OFFICIAL COLUMNIST)】

前回は、失敗しないAIプロダクト作りをするためのチェックポイントとして次の5つを紹介しました。
(1)その製品で解決可能な「総負荷量」が世の中でごく小さいものではないか
(2)その製品で答えようとする問題は「同質性」が低く、あまりにケースバイケースなものではないか
(3)その製品がごくまれにでも誤った結果を示した場合に、どのようなリスクを誰が負うかという「責任性」の大きいものではないか
(4)その製品が最適解として提示してくる選択肢のうち「有効性」が高いものは、考え得る全ての組み合わせの中でごくまれなものではないか
(5)その製品の働きは人間が行なうこと自体が意味を持つような「感情価値」の大きいものではないか

今回からはこれらを1つ1つ詳しく紹介したいと思いますが、まずこの1つめに挙げた「総負荷量」について考えてみましょう。人工知能技術とはすなわち、人間の認知的な活動をコンピューターに代替させるということです。どのような活動を代替させることができるか、というのがそのままAIプロダクトの価値になるわけですが、その際に注意しなければいけないのは、
・世界中で何人の人が
・年間何時間ぐらい
・どれくらいのストレスを感じる活動か
という3点です。これらをすべて掛け算した結果が、世界におけるその活動の「総負荷量」と私が呼ぶものになります。極端な話、世界中でわずか数名の人間が、年に一度少し頭を悩ませるようなことをAIにやらせることが可能だとしても、おそらくAIを用意する手間の方がたいへんです。しかし、何億人もの人が、毎日何時間も頭を悩ませることを代替できるのであれば、それは大きな価値を生むことになります。例えば最近、囲碁や将棋でAIが名人に勝利した、というニュースがありました。これは素晴らしい研究成果ですが、ビジネスとしての価値はどう捉えるべきでしょうか?

まず囲碁、将棋ともに趣味としている人がそれほど多いというわけではありません。日本生産性本部による『レジャー白書2017』によると、日本国内の囲碁人口は200万人、将棋は530万人だそうです。これは国内旅行(5330万人)、外食(4090万人)、読書(3880万人)などと比べてみると、それほど一般的な趣味とは言い難いことがわかります。そしてそれ以上に問題なのが「どれくらいのストレスか」という部分です。囲碁や将棋を楽しむ人は、好き好んで頭を使っているわけです。「AIが代わりに勝っておいてくれるよ」と言われてもあまりうれしくありません。「AIが代わりに旅行しておいてくれるよ」「AIが代わりに外食しておいてくれるよ」と言われてもうれしくないのと同じです。故に、ただ囲碁や将棋に強いだけのAIを作っても、それだけで直接有望なビジネスになるわけではありません。ですが、このような場合でも、少しだけプロダクトの方向性を修正すれば、価値が増す場合があります。AIとはもう少し具体的に言えば、「何かの評価基準において最適解を高確率で選ぶ仕組み」です。例えば囲碁や将棋で言えば「勝利できる可能性」などがこの評価基準にあたりますが、例えばこれを少し別のものにしてみるだけで、喜ぶ人が増える場合があります。

例えばそのAIと対局した人が、「どれだけ成長できるか」という基準を最大化するようなAIはどうでしょうか?「代わりに勝ってくれるAI」はうれしくなくても、上達する指導をして欲しい人はうれしいはずです。またさらに、自分たちがフォーカスしている「人間の活動」を少し抽象的に捉えて範囲を広げてみる、という考え方が有効なこともあります。今回の場合で言えば、「囲碁を打つ」「将棋を打つ」という活動を少し抽象化すると「知的なゲームで対戦する」と表現することもできるでしょう。このように範囲を広げると、囲碁や将棋に限らず、プレイヤーに対して最適なゲームを提案して、遊び方の手ほどきをして、ちょうどいいレベルの対戦相手になってくれるAI、というものができたとすれば、そちらの方がよりビジネス価値は大きくなることでしょう。

このように、総負荷量という考え方を知っているだけでもだいぶAIプロダクトの失敗を避けることができます。皆さんも新たなAIプロダクトのニュースを見かけたら、「それが世界中でどれぐらいのストレスを代替するものなのか」をぜひ考えてみてください。
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