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AIの大局観をプロ棋士が吸収する時代
【2017年9月14日 朝日新聞(大出公二)】

日本最強の囲碁AI(人工知能)の「DeepZenGo(ディープゼンゴ)」が、プロ棋士を相手に勝ちまくっている。6月から練習相手を買って出て、9月13日正午現在で896勝56敗、勝率9割4分1厘。棋士もくじけず「もう一番」と申し込む。先をゆく中国、韓国勢に追いつき追い越そうと、ネット上で静かな猛稽古が続いている。

日本棋院のオンライン対局サイト「幽玄の間」を舞台に、6月21日からナショナルチーム「GO・碁・ジャパン」のメンバーを相手に始め、8月1日から日本棋院、関西棋院の全棋士に対象を広げた。Zenは24時間待機し、対局希望者が現れると、考慮時間の短い早碁を打つ。対局は「幽玄の間」の一般ユーザーにも公開され、相手によっては人間同士の対局より多くの見学者がインターネット上に訪れる。「ふつうに打てば、人間はまず勝てない」と高尾紳路名人は言う。「大局観がすごい。序盤でいつの間にかZenが優勢になっている」

棋士にとっては、Zenの大局観を身につければ、飛躍的に棋力を伸ばす可能性がある。だから公開の場でどんなに負けても対局希望者が絶えない。「棋士は本能的に強い相手と打ちたい欲求がある」と日本棋院副理事長の山城宏九段。人間界トップの中国・柯潔九段や井山裕太六冠との対局はなかなかかなわないが、Zenであれば低段者でも簡単に打てる。ひと昔前では考えられない環境だ。「いかにAIの優れた部分を吸収できるか。効果はいずれ実際の手合に表れる」と山城九段は期待する。

■若手「驚きの連続」「先を行く判断」
図1 黒・Zen、白・横塚、黒中押し勝ち/TD>図1の(2)図1の(3)

実際にZenと打った若手は、何を感じたか。まずは横塚力二段(22)。図1、右上白14までは最近の流行形だ。ただ14に手を抜いたZenの左下黒15のカカリが大胆。石がぶつかり合う接触戦は、真剣でいえば火花散る応酬だ。そっぽを向くと命を失いかねない。だがZenは大けがしないとみた。仮に白が左下のカカリにつきあうと図1の(2)、黒1とやってくる。以下白6で、黒7と二子を助ければ白aで左方の二子がシチョウにかかる。これが図1黒15の狙いだ。横塚二段は察知して上辺黒の手抜きをとがめるべく図1の(3)の白16のタタキ。この形、常人は「黒悪し」とみる。「ところが黒17と逃げられると、白にうまい手が見つからない」と横塚二段。黒23まで、右上の白の一団が黒の格好の標的になっている。「読みにない手を打ってくる。驚きの連続。難点は着手の意図を教えてくれないことかな」


図2

続いて広瀬優一初段(16)。図2の黒1、3の二段バネは常用の筋。これに対するZenの白10以下24までの上塗りが圧巻だった。序盤早々、上辺に黒の大地を与えても、左辺の大模様で対抗できるとみているのだろう。「びっくりしましたが、黒は容易でない。でも僕には打てないかな」
同じくZenを相手に何度も苦杯をなめている一力遼七段(20)は言う。「人間は部分的な判断で打ちますが、AIは全局的な判断で打つ。人間の何百年も先をいっている感じです」

■圧倒的な力、惜しまず披露
Zenはこの1年ほどの間に驚異の進化を遂げた。昨年3月、小林光一名誉名人と打った手合は、三子置くハンディ戦だった。それが昨年11月に趙治勲名誉名人を相手に互先初勝利を挙げ、今年3月には井山六冠、一力七段を撃破。今年6月からは束になってかかってきた棋士相手に圧倒的な戦績を挙げている。棋力急伸のワケは、膨大な棋譜の蓄積、分析により大局観を磨く革新的なプログラミング技術「ディープラーニング(深層学習)」の導入だ。これにより序盤の布石で人間を圧倒する力を得た。その力を惜しみなく棋士にさらけ出す姿勢が、他の強豪AIに比べて際立っている。今年5月、世界最強棋士の柯潔九段に3連勝したのを機に「引退」した「アルファ碁」は、昨年3月の韓国の李世ドル九段との五番勝負を含めて、公の場にわずか8局しか姿を現さなかった。宣伝効果の極大化を狙った米グーグルの戦略といわれている。一方のZenは「和製AIですからね。日本が世界一を取り戻すお役に立てれば」と、開発チーム代表の加藤英樹さん(63)。今年8月、中国であったAI世界大会で優勝し、アルファ碁引退後の世界最強の座に就いた。強力な助っ人が、日本の復活を後押しする。
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