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本因坊戦七番勝負を前に 本因坊文裕/京都大iPS細胞研究所・山中所長
【2017年5月5日 毎日新聞東京朝刊「囲碁 スペシャル対局&対談」】

第72期本因坊決定戦七番勝負(毎日新聞社、日本棋院、関西棋院主催、大和証券グループ協賛)が5月9日、岐阜市の岐阜グランドホテルで開幕する。前期5連覇を達成、号を名乗って初の防衛戦に臨む本因坊文裕(もんゆう)(27)=井山裕太(いやまゆうた)九段=に、若き本木克弥八段(21)が挑む。開幕を前に文裕と、ノーベル医学生理学賞受賞の京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長(54)が対談した。囲碁を愛好する山中所長と文裕が対局を交えつつ、その魅力、世界で活躍する意義などを語り合った。【司会は伊地知克介・毎日新聞大阪本社学芸部長、構成・最上聡、写真・小松雄介】

 −−山中所長が囲碁に興味を持ったきっかけは。
 山中 高校生のころに少しだけやっていて、やめてしまっていたのですが、半年ほど前からやり始めました。研究もアイデア勝負。50歳を過ぎるとアイデアが出てこなくなります。囲碁をして脳の違う場所を使ったらアイデアが出てくるかも、と。
 −−狙い通りでしたか。
 山中 詰め碁を1日何題か解くのですが、簡単なはずの問題が解けなくて衝撃を受けます。高校生のころ数学が好きで、問題を見れば答えがすべて分かり、詰め碁などは絶対得意だろうと思っていたら、全然分からない。年を取るとはこういうことなんだなと(笑い)。
 −−医学と囲碁の共通点は。
 山中 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を作るまでにも、失敗がたくさんあって、たまたま成功した例だったわけです。今もiPS細胞の研究は続いていて、どう医療に応用するかなのですが、これはまさに詰め碁と一緒で失敗が許されない、どうやって最短距離でゴールにたどり着くかなのです。僕が本当に楽しいのは、真っ白なところに絵を描ける基礎研究に当たる部分。今取り組んでいるのは終盤。読み間違えると大変なところで、読みが甘くて困っています。
 −−これは囲碁にも通じる話でしょうか。
 文裕 棋士も対局に臨むにあたり事前に序盤の布石の段階でシミュレーションしてみたりするのですが、結局は実際に打ってみないと分からないのです。特に私はやりたいと思った手があれば、積極的に実戦で試してみようという意識でいます。もちろん、失敗することもあるのですが。囲碁は自由で、基本はどこに打ってもいいゲーム。好きなことをやってみようという、子どものころからの基本姿勢は変わっていません。
 −−囲碁にもアイデアが要るという話ですが、今人間と人工知能(AI)がどう戦い、進歩していくか注目されています。
 文裕 昨年3月、AIのアルファ碁がいきなり世界トップ級の韓国の李世石(イセドル)九段に勝ってしまった衝撃が大きかった。私のコンピューターの印象は、詰め碁や計算など答えの出る分野は正確無比で、人間は大局観が強みかと思っていました。しかし、アルファ碁を見ていると、むしろ局地戦では間違えて見えることもあるのですが、1局を通して見ると勝つのが大変な相手です。
 山中 面白いですよね。私も三段、四段という囲碁ソフトと対局してとても強いと感じるのですが、突然変なところにまさかという手を打ちもする。
 文裕 人間も予期せぬことが起きると動揺しますが、AIも初心者のような手を連発することもあるので、ある意味人間らしいと、見ていて感じるところもありますね。
 山中 コンピューターや関連する技術の発展を見ていると、僕たちの研究分野でも、10年前は想像もできなかったことが簡単にできるようになっています。例えば体の設計図。1人のゲノムを米国、中国、日本などが10年ぐらい、何百億円というお金をかけてほぼ解読できたのが2000年ごろのこと。しかし、今ではこの研究所でも、同じことが1日でできる。コンピューターの能力は右肩上がりで、ディープラーニング(深層学習)で人間が教えなくても自ら学習する。5年もしたら、人間はコンピューターに勝てない時代が来るのではないかと思います。今は高性能のコンピューターが必要でも、現在のスマートフォンは7、8年前の世界最速のスーパーコンピューターと同じ能力が入っているのです。いずれコンピューターにかなわなくなるのは当たり前になります。
 文裕 特にアルファ碁はそうです。逆に言うと、どこまで行くのか興味があります。囲碁にはどこまで上があるのか。棋士も分かった顔して碁を打っていますが、実際は分かっていないので。
 −−人間はどれほど強くなれるでしょう。
 文裕 棋士は失敗や予期せぬことには慣れています。学んで反省し、少しずつですけれど、自分自身も成長してこられたのかなと思います。今は世界トップ級が皆でこぞってAIの手を研究し、それが人間同士の対局でもよく現れる時代です。アルファ碁も打つ手は示しても、その経過、中身は示してくれないのです。
 −−山中所長はAIと棋士の対局に関心がありますか。
 山中 別の種目ですよね。暗算能力がどんなに優れた人でも、コンピューターを相手にしたら絶対負けます。今だけではないでしょうか、AIと人間の対局が注目されるのは。数年したら、そんな過去もあったよねと、人間で一番強いのは誰かということしか話題にならなくなると思います。
 −−囲碁も国際化が進んでいますね。
 文裕 初めて海外で打ったのは中国で、9歳のころでした。あちらのエリート、天才少年たちとの大会で衝撃を受けました。僕は国内の小学生の大会で優勝していて、向こうでも優勝できると思って行ったのですが、自分くらいのはごろごろいるなと。世界のすごさや広さを感じて、そういう人たちに勝てるようになりたいと意識を持ち始めました。20〜30年前でしたら日本がはっきりと強い時代があり、自分の今の状況ならイコール世界一だったのですが、今はそうではない。タイトル保持者として、もう一度そういう時代を、と思います。
 山中 研究も同じです。アジアの中で日本が圧倒的に上だった自負がありましたが、今は国策として中国が優秀な人をアメリカにどんどん送り出し、そこで成功した人を良い条件で呼び戻しています。日本はノーベル賞受賞が続いていますが、それは過去の成果ですので何とかしなければ。
 −−国際的な活躍の先輩としての助言を。
 山中 僕も日米を行き来する生活ですが、日本にいると会えないすごい人との出会いを求めて毎月渡米しているようなものです。井山さん、どれだけ海外での真剣勝負の機会がありますか。
 文裕 ここ数年、なかなか国内戦と国際戦のスケジュールが合わなかったのですが、今年はいろいろなご協力もあって機会が増えそうです。今、世界のトップ棋士は10代後半から20代前半。自分も世界に出るとベテランなので、一つ一つの機会を大事にしていきたいです。
 山中 研究も世界が舞台です。囲碁も、井山さんが中韓の人にどんどん勝つと、盛り上がって人気が出ると思います。そんな意味で、今は普及のチャンスでもある。卓球もそうですし、私は柔道をやっていましたが、世界のレベルが上がって、日本選手が体の大きな人に立ち向かうのは心を打たれます。
 −−いよいよ、本因坊戦が始まります。
 文裕 昨年5連覇で永世本因坊の資格を得て、号を名乗ってから初めてのシリーズです。良い戦いができればと思います。挑戦者は年下。日本も若手が出てきて、年下との対局も珍しくありません。本木八段とは公式戦での対局も初めてで楽しみにもしていますし、昨年までとは違った七番勝負ができればと思います。
 山中 ぜひ再びの7冠とともに、世界一になってほしいと思います。

 ■人物略歴
ほんいんぼう・もんゆう
 井山裕太九段。1989年、東大阪市生まれ。2002年、入段。05年、阿含・桐山杯で最年少棋戦優勝。12年から本因坊戦を5連覇、号・文裕を名乗る。16年4月、7冠を達成。二十六世本因坊資格者。

 ■人物略歴
やまなか・しんや
 1962年、東大阪市生まれ。87年神戸大卒。大阪市立大、米グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て、2004年に京都大教授、10年から現職。12年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
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