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常識を超えるのが流儀 井山が一力を破り連覇した名人戦第7局を分析
【2021年11月7日(日) 朝日新聞
 プロの常識に照らして考えにくい手を考え、盤上に表す。3勝3敗で迎えた第46期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催、協賛・株式会社 明治、マニフレックス)の最終決戦、第7局でも、井山裕太名人は自身の流儀を貫いた。初の名人位がかかる一力遼挑戦者は激しく仕掛け、得意の接近戦に持ち込んで勝機を見いだそうとする。対して名人は、真正面からけんかを買うかと思いきや、さっと兵を引き脇を締める、自在の打ち回しを見せた。

 実戦図1、下辺の黒模様の懐深くに打ち込んだ白1が挑戦者気迫の一着。これに黒4と受け身をとれば無事だが、プロは相手の言いなりを嫌う。打ち込んだ白石を丸のみにしようとする名人の黒2の逆襲は、検討陣も予想していた。しかし白3の脱出に黒4と戻した手を見て、今度はびっくりした。黒2の攻めの意思をくめば、白3に黒6と退路を断つのが自然だ。しかし名人の真の狙いは、中央の白にあった。次に挑戦者が参考図1の白1と下辺の一団を助ければ、黒2の強襲がある。先の▲はこれを実現する自陣の強化だった。白3以下の反撃に黒6のアテコミが妙手。白Aからの出切りを防ぎ、白7以下の逃走には黒16と押さえ込み、白は防戦一方となる。挑戦者は名人の意図を察知。実戦図1に戻って、白5と中央の備えを優先した。ならばと名人、黒6と下辺の白への攻撃を再開する。黒4の援軍を加えた攻撃態勢は分厚く、「最高のタイミングで黒6を発動しました」と新聞解説の鈴木伸二七段。

 その後の進行が実戦図2だ。挑戦者に▲の相手をしている余裕はない。一意専心、下辺の一団を逃がす。その間に名人は左下隅の白陣をいためつける。そして白5からの策動に黒8の二段バネが、またもや検討陣を驚かせた。「通常は考えにくい。自分には絶対に打てない」と鈴木七段。黒にはA、B、Cと三つも傷があり、ふつうはとても打ち切れないと考え、そこで読みを止めるという。だが名人はその先を読んでいた。参考図2の▲に続き、白1が黒の傷を浮き上がらせる急所だが、名人は黒2以下の図を用意していた。いったん手中に収めた隅の支配権をあっさり白に明け渡す代わり、左右ぶっ通しでつながった黒石は鉄板と化し、後顧の憂いなく存分に戦える態勢となる。実戦は黒4の直後に白9と打ち、これが挑戦者の敗着となった。相手にされずに黒Aと打たれ、二の矢がない。流れは大きく名人に傾き、そのまま押し切った。世代交代を迫る若き挑戦者を退け、天下を守った名人。「七冠独占時より(力は)上がっている。まだまだ限界を感じさせません」(鈴木七段)。常識をうのみにしない発想に磨きをかけ、さらなる高みをめざす。(大出公二)


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