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張栩九段、悩み多い時期を打開した「目覚めの一手」
【2017年7月9日 『NHK囲碁講座』2017年6月号より】


世界戦を制し、国内では史上2人目のグランドスラムを達成した張栩(ちょう・う)九段。無冠になってからの4年間を「悩みの多い時期」と振り返ります。当時のお話、そして、その後の「目覚めの一手」をお届けしましょう。

■碁が好きだと改めて思った日々
今回取り上げたのは第63回NHK杯の決勝戦で、寺山さん(怜四段)との一局です。久しぶりの優勝…本当にうれしい優勝でしたので、その碁の中から自慢の一手を選ばせていただきました。自分の流れも変える意味のある一局でもあるし、一手だったと思います。

それまでの4年間は長く、もう永遠にタイトルを取れないんじゃないかという不安も出てきますし、「まぁでも勝負の世界はこんなものかな」と自分ではある程度納得しているのですが、やはり周りの期待に応えたい。その中で期待が負担に感じることもありました。碁に対して悩んでいる時期でもあったのです。ひと言では言い尽くせませんが、自分の状態もよくなかった。碁への情熱も少し失いかけていました。このままではいけない、現状を打開するために思い切ったことをしなければいけないと思い、子育てのことや自分の両親のことなども含めてよく考えて、家族で台湾に生活拠点を移す決断をしました。

台湾に生活拠点を移したとは言っても僕自身は、対局のあるときは日本で過ごしていましたので、日本にいる時間のほうが全然長かったのですが、台湾にもよく帰り、その間は違う生活スタイルになる。そのように少し変えてみたわけですが、結局、やはり碁が好きだということを改めて思い知った時間になりました(笑)。台湾の棋士とたくさん交流して、早碁もたくさん打ちました。その中で自信をつけたことも、NHK杯の好調の原因なのかもしれないですね。他にも、台湾でプロを目指す子どもたちに碁を教えたり、教材を作ったり、自分がやりたかったことができて、充実した時間を過ごせたんじゃないかなと思います。

この年のNHK杯は、決勝にくるまでに、1局目も逆転の半目勝ちだった記憶がありますし、準決勝も半目勝ちでしたし、運がよかったとも思うのですが、全体的には自分の力を出せ、内容も悪くありませんでした。寺山さんは、若い棋士の中では珍しく厚みを重視するタイプですね。地を先行されてもあまり焦らないところが特徴だと思います。(略)

■いろいろなことがプラスに
台湾での生活は、一年と少しで切り上げました。その間に子どもたちはとても成長し、家族それぞれが非常にいい状態で、気持ちもすごく前向きになり、いろいろな事がプラスに進んできている気がします。ただ、応援してくださっている方々に大変心配をかけてしまったというところもあります。その意味でも、この優勝で、皆さんにテレビの画面を通じて少しごあいさつできたことは、すごくうれしかったです。ここのところ、自分の碁も、碁に対する考え方も変わってきて、囲碁のことがより深く、ちょっとずつ分かってきているかなという気がしています。自分のそのイメージをしっかり盤上で表現して、自分が理想とするような美しい手を打てるように、そしてそういう手が打てれば結果もついてくると信じて頑張っていこうと思います。

最近は本当に優秀な若手がたくさん出てきて、タイトルを取るのがどんどん難しくなっていますが、僕もそれなりに自信を持っている(笑)。切磋琢磨(せっさたくま)して日本の囲碁界を強くして、盛り上げていきたいと思っています。

※この記事は2017年3月12日に放送された「シリーズ一手を語る 張栩NHK杯選手権者」を再構成したものです。


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